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星になれたら(結婚式編)

そうして迎えることになった式当日。
式は横浜にある今流行りの感じの式場で行われることになっていました。


結婚式は午後からで、早めに着いた母と私は美容室でヘアメイクをしてもらうまでラウンジでのんびり過ごし……
たかったのですが、母が張り切っているのかそわそわしてトイレに行ったりと何度か席を立つものだから、こちらも落ち着かない気分になり
「とりあえず落ち着け」
と諫めて、私はリラックスして過ごしていました。
さすがに身体の凝りほぐしのストレッチを軽くした時はリラックスし過ぎかと思いましたがw


その内他の親族が後から来て挨拶もし、美容室の予約の時間に移動して髪型をセットしてもらいました。
私は一応前髪ウィッグとカチューシャは持って来ていたものの、希望のアレンジ等はまったく考えておらず、美容師さんと相談して
「ハーフアップにしてサイドの髪を巻いて大人っぽい印象で…」
なんて言われて決めましたが、もうアフロみたいになってなきゃいいです的にお任せしてみました。

そして出来上がって出て来たら皆に
「人形みたい」
「何かキャラっぽい」
「でも、似合ってる」
みたいな事を言われたわけですが……、「大人っぽい」なんて一言も言われなかったよorz

ヅラだとバレるか気になって仕方なかったですが、浮いているとは言われなかったのでまぁいいやという事で、
集まった親戚と暫し歓談して写真を撮ったりしました。


それから家族の記念写真に親族顔合わせの紹介……という通り一遍のイベントがあったわけですが、
その親族紹介の時に新郎新婦の兄と兄嫁(以下R子さん)が紹介し、兄は
「××さんの旦那さん」とか
「**さんの子ども」
とか
お前、もうちょっと言い方あるだろう!と思わず
「夫とか言わない?」
なんてツッコミを入れてしまい、しかも全員の名前を覚えきれていなくてもう噛み噛み。
ダメだこりゃと思いつつR子さんに交代すると、すらすらと完璧に親族を紹介していて、
その鮮やかな差にやっぱり兄はR子さんに引っ張られていると実感。
6歳も年下の相手にこれはどうなんだろうと思いつつも、きっとそんなしっかり者の姉さん肌の人がよかったんだろうと納得することにしました。


何だかんだでようやく式場に案内されて着席したら、参列者が思いの外多く、席に座りきれず立っている人達まで居て、いいのかなと思いつつ結婚式が始まりました。

私はカメラ係だったので、ヴァージンロードを歩く新郎新婦両者の写真を撮りましたが、微妙にチャンスを逃していました;
牧師さんは日本語ペラペラなのに英語で喋ったり、日本女性でその細い身体の何処から、というようなアカペラの賛美歌の中で厳粛な誓いの儀式が執り行われ
やがて宣誓を交わす段になったのですが、その時兄が


「はい、誓います!」


と、思わずはっとするような力強い声を張り上げて宣誓したのです。

その一言だけで、私にはこの人は本気なのだという気持ちがしっかりと伝わってきました。

それを受け止め、気が付いたら目に涙が滲んでいたのですが、最後まで二人の儀式を見届けて階段でフラワーシャワーをして……ブーケ取りにはさすがに行きませんでした。

実は去年の従兄弟の結婚式の時にがっちり受け取ってしまったので、
今度また同じ事をやってしまったら袋叩きに遭いそうな気がしましたし、
それから特に縁もないのでw
やっぱりこういうのは女友達とかが受け取った方がいいと上段から見守っていました。


その後、披露宴会場に移動して披露宴が行われたのですが
兄とR子さんは同じ会社の同僚なので、二人を知る上司や同僚が出席していて二人の会社での働きぶり等をスピーチで聞きました。

もちろん、お祝いのスピーチなので悪い事を言ったりはしないでしょうが、
兄は私の知らないところで兄なりに会社でも真面目に頑張っていて、今のR子さんと知り合って支え合いながら
同じ職場の同僚にも上司にもほとんど気付かれず公私混同もせずやってきていたんだと分かり
たった3ヵ月しか私と年が違わないその嫁は長女気質でしっかり者で面倒見がいい、だから上手くやっていけるんだろうと思い、
その頃には本当にこの二人を新しい家族として送り出してやろうと思えるようになっていました。


それと同時に、彼女とは正反対な自分は家庭で問題があって大変だった時に兄を支えてあげられなかったという罪悪感が湧いてきて、
当時はお互いいっぱいいっぱいだったんだと分かっていても
それが今、疎遠になってしまった一因だと考えていたので
思い出し泣きのようにテーブルに背を向け、俯いて涙を堪えていました。


料理は年配の人には多少こってりしていたかも知れませんが肉料理メインでフォワグラ等出てきて美味しかったですし、幸せそうな笑顔全開の二人を進んで写真を撮りに行ったりして和やかに楽しい時間を過ごせました。


でも、披露宴もクライマックスとなり新婦から父親への挨拶で思いが詰まって言葉が出て来ず、すぐに始められなかったR子さんに対して
朝からそれまでずっとカッチカチだったお父さんが

「R子、いいよ」

と、あたたかな声を掛けてやっていて、そんな父親という存在を知らない私は胸が詰まってまた涙が溢れてきて
とても厳しい、スパルタな父だったけど優しく愛情深い父にR子さんが感謝の言葉を贈り、歩み寄ると
直立不動で鼻水をだらだら垂らしながら泣いているお父さんに笑って抱き合うという父娘のあたたかな触れ合いの一場面を目の当たりにして
私は既に隠しようもなく目から涙が出ていました。


そして新郎の父の代役として伯父(父の兄)が軽く自己紹介をし

「本来ならば、ここに居るべき人間がいました。それは私の弟です。」

と、父の話を始めました。


父は私が12歳の時に肝硬変で他界しています。
死因は肝硬変でしたが、アルコール依存症で身体はボロボロで、いつ死んでもおかしくないと医者に言われてからよくそこまで持ったと亡くなった時に言われたくらいでした。

それまでもういかに生きた心地がしない思いを何度もしたと、よく母には聞かされていましたが
私は別居したり、家庭から引き離されてほとんど隔離されているような状態だったので(それでも何も見ていないわけではありませんが)
私は父を知りませんでした。
大学の教授をしていた事さえ、学校(しかも中学年くらい)の宿題があって訊いた時にはじめて知ったくらいです。

そんな父がいかなる苦労をして病んで身を滅ぼしていったのか、私には想像する事しかできません。


伯父は体調を崩して…としか言いませんでしたが、その場に居た出席者も何となく分かったのではないのでしょうか。


しかしそれから伯父が、ずっと使っていた洗濯機が先日壊れたという話を突然しだしたのです。
そしてドラムの下を見たら、何故か父の定期の入った定期入れが出て来たというのです。

晩酌をしながら何故今頃そんなものが……と考えていたら風の吹く音に紛れて

兄さん、T(兄)の結婚式に連れて行ってくれ。お願いだ!

という父の声が聴こえた気がして、気が付いたら夢を見ていたと分かり、……そして伯父は決心をしたそうです。

よし、分かった。結婚式に連れて行ってやる!


そんなエピソードがあった事を伯父はその時まで誰にも話していませんでした。
電話でほろ酔いをしていたりして母に大丈夫かしら……
なんて文句を言われていた伯父が、そんな固い決意をしてここまで来たとはきっと誰も思いませんでした。

そして伯父がその定期を皆の前に掲げました。

御茶ノ水⇔鎌倉
4.10.31
まで



多少文字が薄れているところはありましたが、17年ずっと洗濯機にあったとは思えない程綺麗な状態でした。

他人が聞いたらクサイとしか思えない話だとしても、私はもう涙が止まらなくなり、伯父や母と並んで立っていた兄も必死に堪えていたのが分かりました。


定期は母に手渡され、最後に兄が挨拶をすることになりました。

兄は
「本当はこんな事を言うつもりはなかったんですけど…」
と、切り出したのですが

「自分は父親というものを知りません。自分は父を誇りには思えません。でも自分は自分なりの道を歩み頑張っていきます。」
といった言葉を放って締めました。


兄達が退場した後
ボロ泣きしていた私は歩み寄って来た伯母に抱き締められ、泣き崩れて声を上げて号泣しました。

昔の私を知っている人ならば、私が号泣するなんていう事自体が想像が付かないかも知れませんが、どうやら私は4月の退院後に普通に泣けるようになってきていたようです。
というか今はちょっと涙脆くて困っているくらいになっているのですが(笑)

久々に発作並みに泣きました。
でも、泣いていい時に泣いたんだからそれでいい、と他の親戚も慰めてくれ分かってくれました。
嬉しかったです。


涙が止まり落ち着くまで皆が退場しても席に座ったままでいたのですが、母に荷物ごと置き去りにされていて見送られるゲストの列に並ぶことになってしまって
「お前何でそこに居るんだYO!!」
と、ツッコまれて笑いながら親族側に加わり、最後に皆で写真を撮って仲間同士の砕けた二次会には雰囲気だけちら見して参加しない事にしてその日は解散することにしました。


でも、私の中には蟠りがありました。
兄が最後の挨拶で言ったあの言葉は嘘だと思ったし、本当は何を言いたかったのか聞きたかったです。
兄は誰より父の近くに居ました。
知らないはずがありません。

そして私に対しては(今までもそうだったのですが)終始目を合わせようともしてくれませんでした。

兄が私に対して「今更どう接していいか分からない」という風に感じているのは伝わってきています。
でも、私はもう自然に振る舞っているんだし、いい加減大人になりなよ、と思ってしまいます。
バカ兄。


でも、兄はもう自分の家庭を築いていくと宣言したわけだし(母の言い方を借りれば兄はうちの家族を「捨てた」)、きっとその通りやっていけるだろうと信じて祝福し結婚式は終了したわけです。


(エピローグに続く)



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